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放浪の画家 ~山下清展~ *長崎北支部だより*
こんにちは。![]()
日中は、蒸し蒸としした天気になりましたね。
そろそろ、梅雨入りでしょうか?![]()
さて、先週末に、長崎県立美術館に、「山下清作品展」を観てきました。
「山下清」と言えば、「裸の大将」を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。
いくつかの作品は、雑誌や新聞などで、見たことはありますが、じっくり鑑賞したのは、初めてです。
山下清氏の初期の作品から、49歳の生涯を閉じるまでの作品をエピソードを交えて、
観ることができました。
~プロフィール~
清氏は、3歳の頃、重い消化不良になり、その後遺症で、言語障害と、知的障害になりました。
小学生の頃、ひどいいじめに合い、母親が心配し、知的障害者施設「八幡学園」へ入所。
この学園で、「ちぎり紙細工(貼り絵)」に出会い、学園生活を描いた多くの作品を生み出し、
才能を高く評価されました。
しかし、ここでの生活に飽きたのか、学園を脱走。ここから、放浪の旅へと、出かけます。![]()
清氏は、行く先々の風物の作品を多く残しました。
しかし、アメリカの雑誌「タイム誌」が彼の作品を高く評価したことで、山下清の大捜索が始まり、
鹿児島を放浪中に見つかり、これで、放浪の旅が終わりました。
49歳までに、数多くの作品を残し、生涯を閉じました。
初期の作品には、人間が描かれていません。昆虫が主でした。
ひどいいじめに合い、人間不信になり、心を閉ざしていたからなのですね。
心が受けた傷の影響というのは、大きいものです。
しかし、学園生活に慣れてくるにつれ、「人間」の姿が描かれていきます。
少しずつ、心を開いていったからなのでしょう。
山下清氏が一番好きだったものは、花火。
花火大会を見るのが、大好きだったのです。
最後の言葉は、
「今度、いつ花火が見られるかなあ。」
だったそうです。
「長岡の花火大会」
彼の作品は、素朴で暖か味があり、日本の郷愁を感じることができます。
この額絵と絵はがきを購入しました。![]()
「自分が思うままに、行きたいところに行き、ゆったりと、
時を過ごすことができたのなら・・・」
人間は、みな、そう思っていることでしょう。
日々の生活の中で、様々な悩みや多くのストレスにさらされ、
悩み、苦しみ、思うように、生きることができない、どうしようもない
自分がいる。
そんなあなたの重苦しい思いを少しでも、受け止めてあげ、
心を軽くしてあげることができるなら・・
ヒューマンヘルスサポートは、日々、そう考えています。
「あるがままの自分になれる時間」
そんな素敵な空間を体験してみませんか![]()
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(HHS管理者) 2010年6月 8日 11:42 | 個別ページ

