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子供の頃の日記  ヒューマンヘルスサポート本部「高宮日記80」

片づけものをしていたら、

子供の頃の日記が出てきました。

 

小学校の頃のでした。

読んでみると、意外なことが書いてありました。

 

「うちの裏庭に、小さい水色のお花がありました。

よく見ると、ちょん、ちょん、と、あちこちにあります。

でも小さいので、草しかないみたいに見えます。

まるで、わたしみたいだな、と思いました。

小さくて目立たないところなんか、そっくりです。」

 

・・・・へえ、そんな風に思ってたのか・・(^_^;) 

 

今は、こんなお仕事をさせてもらえるようになりましたが、

もともとからそんなに積極的で行動的で、・・というわけではなかったんです。

 

私は、昔はほんとに、気が弱くて、

幼稚園でも年下の子にいじめられて、

ずっとその子がこわかったのを覚えてます。

 

自分が変わり始めたのは

多分、

やりたいことを見つけた時だったと思います。

 

高校に入って、絵に興味を持ち、

油絵を描くようになりました。

描けば描くほど、思うようには描けず、

自分を色と形で表現したくて、

描いて描いて、

 

気がつくと、自分の道を自分で決めて進みたい、

という、強い思いが出来上がっていました。

 

そのころから、でしょうか。

私が、いわゆる、"強く"なれたのは。

 

描きたい。

自分を表現したい。

そして美術の大学に入りたいと思うようになったんです。

それからは、デッサンと油絵の日々。

目指すものが、私には宝物のように大事で、

誰にも汚されたくない世界でした。

 

でも担任の先生(柔道家のゴツイ男性でした^_^;)からは猛反対!!

○大に行け!!といわれ、大ゲンカ。

当時その先生は、学校の名物先生。

でも私は、真っ向から逆らいました。

行きたくもない大学に、成績がちょうどよいから入れと言われても

納得できません。

 

私は絵が描きたい。

「絵なんか描いてなんになる!!

○大の英文科に通れるんだぞ!!」

「通ったって通らなくったって、私はやりたいと思うとこしか受けません!!

落ちたって私の人生じゃないですか!!」

 

三者面談で大騒ぎ(^_^;)

私は泣いて大声出すし、先生は怒鳴るし。

 

「ちょっとお前、廊下に出てろ」

と言われて、母と先生だけで、話をしていたようです。

 

・・・それから呼ばれて教室に入ると、

先生は、有名な絵の先生を紹介してくれました。

見てもらえるか、作品次第といわれましたが、

あんなに怒鳴られたのに、先生は最後には認めてくれたんです。

 

「・・・26年教師やってて、最後まで俺に逆らったのは、お前だけだ・・・」

 

と、ボソッと言われました。

 

私が、強くなれたのは、

なりたい自分を見つけた時だったと思います。

 

・・・今では、この、子供の頃の日記が、意外に思えるくらい、

私は変わりました。

 

でも私の中にはまだ、

小さくて目立たない、気弱な自分が居るんです。

それも実は、大事で取っておきたい自分なんです、変、・・でしょうか(^_^;)

 

だから、いろんな鮮やかな花を見るのもすきですが、

ほんとは小さな雑草の、

それこそ"名もなき花"を、足元に見つけた時のほうが

うれしくなるんです(*^。^*)

 

          おしろい花 ②.jpg

 

なんだか秘密をみつけたようで。

誰も知らない、私♪

 

ホントは、雑草が好きな、私。

目立たない、私。

あの日記の中の私は、

今でもこの中に居るんです。

 

 

 

 


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